研究概要:磁石内の磁化構造
マイクロマグネティクスのシミュレーションを中心に、シミュレーション技法の開発や、開発した手法を用いて、ハードディスク、磁性体メモリ、光磁気ディスクなどの研究を行っている。
磁石の内部を細かく見ていくと、1つ1つの原子がN極とS極を持つ原子磁気モーメントによって構成されていると考えることができ、さらにこの原子磁気モーメントは物質の中で一方向にそろっているのではなく、さまざまな向きを向いており、磁気的な構造を作っていると考えられる。
マイクロマグネティクスとは、磁石内部に現れる原子磁気モーメントによってつくられる磁化構造や、その動的な変化を扱う分野である。磁石内部に現れる磁化構 造の存在は、20世紀初頭から理論的な考察や実験による観察が行われていたが、理論では単純な問題しか扱うことができず、理論と実験との間には非常に大き なギャップがあった。
数値シミュレーションはこのギャップを埋めるための1つの手法であるが、この問題を解くためには非常に多く の計算時間が必要であるために、実験で扱われていた程度の大きさの問題を解くことはできず、長い間シミュレーションは行われてこなかった。しかしながら 1980年代に入ると、磁気記録媒体の微細化や、ブロッホラインメモリの提案などがなされ、問題とする対象のサイズが小さくなったことと、第3世代のスー パーコンピュータが現れ各研究機関に配置されたことで、大規模計算が手軽に可能になったことにより、上記の分野からシミュレーションによる解析が行われ始 めた。
最近では、微細加工技術の進展により、ナノサイズの磁石を作成することが可能になり、それらを使ったデバイスの提案も行われている。さらに、従来磁気モーメントの操作は磁界(例えば電流が作る磁界)によって行われていたが、近年電流(スピン電流)によって直接磁気モーメントを操作する理論や実験結果が報告され始め、この分野における研究が盛んになっている。
当研究室でも、新たな研究の方向性や様々な可能性を見出し、産業界への応用に向け研究を進めている。
産業界での応用例としては、磁気記録装置(HDD)の再生ヘッドや記録媒体の開発での応用がまず挙げられる。1990年代より提案された新たな再生ヘッド(MR、GMR、TMR等のヘッド)では、磁石の薄い板をセンサとして利用している。これらのヘッドでは、記録媒体からの磁界にるセンサ内部の磁化構造の変化を利用して再生信号を送っているために、このセンサ内部の磁化構造の解析が必要となる。このため、本シミュレーションがヘッド開発のための必須ツールとなっている。また記録媒体では、媒体を構成する粒子の微細化に伴い、通常の世界では問題とならない熱揺らぎによって記録した磁化構造が変化することが問題となっており、熱揺らぎに強い媒体構成の研究・開発が盛んに行われている。この研究においても、本シミュレーションが解析ツールとして使われている。
更に近年、磁性体メモリ(MRAM)が提案されている。このメモリは電源を切っても情報を忘れずに覚えていること、SRAM程度の記録速度、DRAM程度の集積度、さらに書き換え回数の上限がないことなどのメリットが指摘されており、PCの省電力化と立ち上げ時間の省略などのメリットから、商品化が期待されている。このMRAMプロジェクトは数年前からスタートしており、これまでは主に磁界による駆動方法の研究が行われていたが、さらなる高密度化のためにスピン電流による駆動方法の研究も行われ始めた。MRAMで利用される磁石の形状や記録方式にはまだまだ改良の余地があり、これまで主に研究がされてきたものとは全く違った方式の提案も行われ始めている。これらの研究・開発においても、本シミュレーションが解析のための必須ツールとなっている。
アドバンテージ:ツール、アイディア、シミュレーション、論文作成まで 一 貫
当研究室では、1980年代よりシミュレーション技法の開発を始めており、これまで各大学や企業と連携してブロッホラインメモリ、磁気記録装置、光磁気記録装置等の研究開発を行ってきた。また2006(平成18)年度からはNEC、富士通研究所、京都大学などの各企業や大学などと共同で磁性体メモリの開発に着手している。
研究過程で市販のツールを使って解析を行う研究室が多い中、当研究室では自らツールを製作しているために、市販のツールではできない解析ができる。このように、自分たちのアイディアをシミュレーションで試して論文にまとめるまでを一貫して行える世界でも数少ない研究室である。
今後の展開:磁性体メモリ実用化に向けて
当研究室では計算モデルを提案し、そのモデルの計算規準や計算精度などの性能評価を行い、さらに提案したモデルを用いて問題の解析を物理上からと工学上から総合的に考え成果をあげることを目的としている。これらの成果により、大容量の磁性体メモリができるのでは、という提案を現実化していきたい。